卵子提供という選択肢を調べ始めると、最初にぶつかるのが「で、どの国で受けるの?」という問題ではないかと思います。
エージェントのサイトを見比べても、アメリカ、ロシア、台湾、マレーシアと国名が並ぶばかりで、何がどう違うのかまでは書かれていないことが多いんですね。
申し遅れました。
医療ライターの佐伯ゆかりと申します。
医療系出版社で12年ほど婦人科・生殖医療分野の編集をしていて、私自身も30代後半から5年間、不妊治療をしていました。
体外受精は6回。43歳で治療を終えています。
治療をやめたあとも卵子提供の取材は続けてきて、この分野の情報が「エージェントの宣伝」か「断片的な体験談」に偏りがちなことをずっと気にしていました。
そこでこの記事では、日本人の渡航先として名前が挙がることの多いアメリカ・ロシア・台湾の3か国について、法制度・費用・渡航負担・ドナー事情の違いを、公的な情報源を確認しながら整理します。
読み終わる頃には、「自分たち夫婦ならどの国が候補になりそうか」の当たりが付けられるはずです。
なぜ日本人は海外で卵子提供を受けるのか
渡航先の話に入る前に、前提を1つだけ確認させてください。
そもそもなぜ海外なのか、という点です。
日本では、日本産科婦人科学会の会告(学会内のルール)により、第三者からの卵子提供による体外受精は原則として行われていません。
例外はJISART(日本生殖補助医療標準化機関)という団体に加盟する一部クリニックでの取り組みで、倫理委員会の承認や複数回のカウンセリングといった厳格な条件のもと、姉妹や友人など非匿名のドナーに限って実施されています。
日本産婦人科医会の解説によると、この枠組みで出産に至ったのは2023年1月までに約70組です。
年間の必要数から見ればごくわずかで、匿名ドナーからの提供を望む場合、現実的な選択肢は海外渡航になります。
法律面はどうなっているのか
「海外で卵子提供を受けて産んだ子は、ちゃんと自分の子になるの?」という不安をよく聞きます。
ここは法律で決着がついています。
2020年に成立した民法特例法で、卵子提供により子を懐胎・出産した場合は「出産した女性が母」と定められました。
つまり海外でドナー卵子による受精卵を移植し、自分のお腹で妊娠・出産すれば、法律上も戸籍上も実子です。
条文の内容は法務省の解説ページで確認できます。
一方で、卵子提供のルール全体を定める「特定生殖補助医療法案」は2025年に国会へ提出されたものの、審議が進まず成立には至っていません。
国内の制度が整うのを待てる状況ではない、というのが多くの当事者の実感だと思います。
アメリカでの卵子提供
まずはアメリカから。
昔から日本人の渡航先の定番で、実績の蓄積という点では頭ひとつ抜けています。
アメリカには生殖補助医療を包括的に規制する連邦法がなく、州ごとのルールで運用されています。
商業的な卵子提供が確立していて、なかでもカリフォルニア州は契約や親子関係の扱いに関する環境が整っているとされ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴなどに日本人利用者の多いクリニックが集まっています。
アメリカの特徴を挙げると、こんなところです。
- 商業的な卵子提供の歴史が長く、クリニックの治療実績データが豊富
- 日系エージェント経由で日本人・アジア系ドナーを見つけやすい
- 報酬を伴う募集のためドナー登録者数が多く、希望条件で選びやすい
- そのぶん費用は3か国で最も高い
ネックはやはり費用です。
エージェント各社の案内を見ると、卵子提供プログラムの費用は渡航費込みで総額700万円を超えるケースが珍しくなく、条件によっては1,000万円規模になることもあります。
円安局面ではさらに膨らむので、見積もりの通貨と為替の前提は必ず確認したいところです。
渡航は、初回の検診・契約で1回、移植で1回の計2回が一般的な目安です。
1回あたり3泊5日程度で組めるプログラムが多く、フルタイムで働きながらでも不可能ではありません。
ロシアでの卵子提供
次にロシアです。
正直に書くと、ここは2026年現在、手放しでは勧めにくい渡航先です。
ロシアは有償の卵子提供が合法とされ、費用もアメリカよりかなり抑えられることから、2010年代にはモスクワへ渡航する日本人が一定数いました。
医療水準の高い専門クリニックがあることも事実です。
ただし状況は変わりました。
外務省の海外安全ホームページでは、ウクライナ情勢を受けて、モスクワを含むロシア全土に危険情報レベル3「渡航は止めてください(渡航中止勧告)」が出ています。
最新の状況は外務省海外安全ホームページのロシア危険情報で確認できます。
直行便がなく移動経路が限られる、緊急時に大使館の支援が受けにくいなど、医療以前のリスクを織り込む必要があります。
また2022年12月には、外国人を依頼主とする代理出産を禁止する法律が成立しました。
これは代理出産に関する規制ですが、外国人向けの生殖医療全体に対する風向きの変化として受け止めるべきニュースだと私は考えています。
では、ロシアの提携クリニックを持つエージェントはどうしているのか。
実際には、モスクワのクリニックがジョージアなど周辺国に拠点を広げたり、患者本人は渡航せず「採卵・受精だけを国外で行い、受精卵を日本へ輸送して国内の医療機関で移植する」プログラムに切り替えたりと、渡航リスクを回避する形が主流になりつつあります。
ロシア系の医療資源を使う場合でも、「自分がモスクワへ飛ぶ」以外の選択肢があるかどうかを、エージェントに必ず確認してください。
台湾での卵子提供
3か国目は台湾です。
ここ数年、取材していて存在感が増していると感じるのが台湾です。
台湾は2007年制定の「人工生殖法」という法律で、第三者からの卵子提供を国として明文化して認めています。
学会ルールで事実上ストップしている日本と違い、法律の裏付けがある点は安心材料です。
条文は台湾の法規データベース(全国法規資料庫)で公開されています。
この法律にはいくつか特徴的なルールがあります。
- ドナーは20歳以上40歳未満の女性で、提供は無償(実費や栄養費の補償は別途認められる)
- ドナーとレシピエントは相互に匿名
- 同一ドナーからの提供で子が生まれた場合、そのドナーは再提供できない
無償提供が原則のため、アメリカのように大量のドナーリストから細かく選ぶスタイルではありません。
その代わり営利色が薄く、費用は3か国で最も抑えめです。
日本語対応のある医療機関に直接かかった場合で200万円前後からという情報が多いものの、条件により幅があるので、あくまで目安と考えてください。
そして日本から約3〜4時間という近さ。
渡航は初診と移植の2回、それぞれ2〜3日の滞在で組めるケースが多く、仕事を続けながらの治療との相性は3か国で一番です。
ドナーが漢民族系中心で、生まれてくる子の外見が日本人と近いことを決め手に挙げる夫婦も取材では多くいました。
なお台湾では2025年末に、人工生殖法の適用対象を広げる改正案が行政院で可決され、審議が続いています。
制度が動いている時期なので、検討する際は最新情報の確認をおすすめします。
3か国の違いを一覧で比較
ここまでの内容を表に整理します。
費用はエージェントや医療機関の公表情報に基づく目安で、為替や治療内容によって変わります。
| 項目 | アメリカ | ロシア | 台湾 |
|---|---|---|---|
| 法制度 | 連邦法なし・州法ベースで商業的提供が確立 | 有償提供は合法とされるが外国人向け規制が強まる傾向 | 人工生殖法で明文化(無償・相互匿名) |
| 費用の目安 | 総額700万円〜と高額 | 比較的抑えめだが情勢リスク大 | 200万円前後〜と最も抑えめ |
| 渡航負担 | 2回・各3泊5日程度 | 渡航中止勧告レベル3で渡航自体が困難 | 2回・各2〜3日と最軽量 |
| ドナー事情 | 日本人・アジア系の登録が多く選択肢が広い | 現地ドナー中心 | 漢民族系中心・無償のため選択幅は狭め |
| 主な注意点 | 費用と為替変動 | 外務省の渡航中止勧告、規制強化の流れ | ドナー待機期間、制度改正の動き |
こうして並べると、「実績と選択肢のアメリカ」「近さと費用の台湾」という構図がはっきりします。
ロシアは医療資源としては残っていますが、渡航前提のプランは現状避けるのが無難でしょう。
渡航先よりも先に、エージェント選びで失敗しないために
最後に、編集者時代から取材を続けてきた立場として、いちばん伝えたいことを書きます。
渡航先選びと同じくらい、いえ、それ以上に結果を左右するのがエージェント選びです。
国が同じでも、エージェントによって費用の内訳、ドナー情報の開示度、採卵がうまくいかなかったときの補償はまるで違います。
確認すべきポイントを挙げます。
- 日本法人があるか(トラブル時に日本の法律で交渉できるか)
- 提携クリニックと提携都市が具体的に公開されているか
- ドナーの登録人数と情報開示の範囲
- 採卵不調時の補償制度の有無と、追加費用が発生する条件
- 帰国後の妊婦健診・分娩を引き受ける病院探しをサポートしてくれるか
特に最後の点は見落とされがちです。
日本産婦人科医会も指摘しているとおり、海外で卵子提供を受けた人の帰国後の課題として、出産を受け入れる病院探しの難しさと、受給者の多くが40代という高年初産の管理があります。
渡航前から「帰ってきたあと」まで見てくれるエージェントかどうかは、必ず面談で確かめてください。
各社の比較には、日本法人のあるエージェント4社を提携都市やドナー登録者数で並べて検討できる、モンドメディカルの評判・特徴を他社と比較できるエージェント比較ページが参考になります。
このうちモンドメディカル(株式会社MONDOMEDICAL)は2015年設立の東京・日本橋のエージェントで、日本人ドナーの確保に力を入れており、2026年時点で約400名が登録しています。
サンフランシスコ、サンディエゴ、ハワイ、モスクワの提携クリニックに加えて、患者は渡航せず受精卵を日本へ輸送して国内の医療機関で移植する「国内完結型プログラム」(約260万円〜)を用意している点が特徴です。
本記事で見てきたロシア情勢や渡航負担の問題に対する、現実的な受け皿のひとつと言えます。
もちろん、どのエージェントであれ即決は禁物です。
複数社のカウンセリングを受けて、見積もりと補償条件を書面で並べて比べる。
数百万円の契約なのですから、それくらい慎重でちょうどいいと思います。
まとめ
アメリカ・ロシア・台湾の卵子提供の違いを整理してきました。
要点を振り返ります。
- 国内では原則受けられないため海外渡航が現実的な選択肢。出産すれば法律上も実子になる
- アメリカは実績とドナーの選択肢が魅力だが、総額700万円超と費用が最大のネック
- ロシアは外務省の渡航中止勧告が続いており、渡航前提のプランは避けるべき。受精卵輸送型など代替手段の確認を
- 台湾は法律の裏付け・費用・渡航負担のバランスが良いが、無償ドナー制のため選択幅は狭め
- 渡航先と同じくらいエージェント選びが重要。日本法人の有無、補償、帰国後サポートを面談で確認する
5年間の治療の間、私は「正確な情報さえあれば、あんなに遠回りしなかったのに」と思う場面が何度もありました。
卵子提供は、時間もお金も感情も大きく動く決断です。
だからこそ、広告ではなく一次情報にあたって、ご夫婦で納得できる選択をしてほしいと願っています。
この記事がその材料のひとつになれば、これほどうれしいことはありません。
